植村 猛

カウンセラー詳細

植村 猛
  • カウンセラー: 植村 猛

簡単なプロフィール

1951年横浜生まれ

大学時代には公認会計士を目指しましたが

夢果たせずに会計関係の職場を転々とし

36歳の時に偶然知り合った人と起業。

専務取締役として経理・財務・総務・人事などの社内業務のすべてを担当。

 

未経験・資金不十分で始めた会社は

30年で店舗数100・年商80億円起業になりました。

 

その過程では資金繰り・労働問題・クレーム対応等に翻弄され、

心が折れそうになった事は数知れません。

その度にカウンセリング・コーチングに救われ、

幾多の危機を乗り切ることができました。

 

現在は前職を退き

実体験での学びを元に

経営者・起業家のためのカウンセリングとコーチングを業としています。

 

会社経営はもとよりあらゆる人生経験だけは豊富ですから

大抵の事には対応できると自負しています。

 

孤独で激務の経営者の方のメンタルをサポートさせていただく一方、

職場環境の改善や社内における信頼関係の構築をご提案させていただき

みんなが働きやすい活気あふれる職場づくりのお手伝いもさせて頂きます。

 

さらに詳しいプロフィール

プロフィール

1、運命の出会い

2、起業の決意

3、青山フラワーマーケット誕生

4、南青山本店開店

5、会社の安定と急成長

6、企業は人なり

7、二代目へのバトンタッチ

8、実体験からの学び元に

9、誰もが安心して働ける職場

 

(1、運命の出会い)

 

私は昭和26(1951)横浜に生まれました。

 

大学卒業の時に就職活動はせず公認会計士を目指しましたが、

これが私の人生を大きく変える出来事に繋がたのです。

 

会計士試験の模擬試験会の会場で

偶然私の隣に座ったのが

のちに青山フラワーマーケットの社長になった大学生の時の井上さんで

これが縁でその翌年に起業することになりましたから

文字通り運命の出会いだったのです。

 

(2、起業の決意)

結局会計士受験は何度受けても合格できず

会計士のアシスタントとして会計監査の仕事などをさせて頂きましたが

先の見通しに不安を感じるようになってきた

「いっそ二人で会社をやらないか」と

井上さんから持ちかけられました。

 

突然の申し出にかなり悩みましたが、

一か八かで人生を変えてみるのもありだと思い、

なんの勝算も計画もなく退職して起業の準備にとりかかったのです。

 

 

(3、青山フラワーマーケット誕生)

最初は当時はやっていた並行輸入と人脈クラブのような事をしましたが

全然うまくいかず、

窮余の一策で花の商売をやってみようということになりました。

 

花の商売と言っても二人とも経験があったわけではなく、

丁度当時は大阪の花博の前の年だったので

ふと思いついただけのことだったのです。

今振り返ってみると、

これがよく言われる経営者の閃きだったのだと思います。

  

いずれはヨーロッパのマルシェ感覚の花屋を出したいという井上さんが

Aoyama Flower Marketという商標を考え出しました。

 

それから20数年後には国内外に100店舗年商80億円を超える大会社になりましたが、

店の一軒も持てずその日の売上が1万円もあれば上出来だった

1990年の12月も暮れようとしていたこの時、

Aoyama Flower Marketは誕生しました。

 

(4、南青山本店開店)

最初の頃の売上自体は微々たるもので、月の経費を賄うまでにはならず、

知り合いのブティックや飲食店の前を借りて露天商のような事や、

余った花を花束にして行商の真似事までしたものです。

 

でも社長と私の二人だけではどうにも現状を打破できず、

フラワースクール卒業生などを紹介してもらって働いてもらうことにしたのですが、

どの人も長続きせず早い人はその日のうちに辞めてしまいました。

 

そんな状況が続いて花屋に転向してから1年近くが経った頃、

バブル崩壊で日本は未曽有の不況に突入していったのです。

店舗を持つことができず、出張生け込みやブライダルなどをメインにしていましたから

不景気の影響は深刻でした。

 

売上低迷の現状を打破する妙案もなく、

出口のないトンネルをさ迷っているような思いで

店舗を持てない辛さが本当に身に染みました。

 

そんなある日の午後、社長が「店が出せる」と叫びながら帰ってきました。

表参道交差点近くで花屋をやれると言うのです。

テナントビルのオーナーが破格の好条件で

有休スペースを貸してくれることになり

第一号店である南青山本店をなんとかオープンすることができました。

 

 

7 (多店舗展開本格スタート)

南青山本店は表参道駅出口のすぐそばという立地の良さに加え、

それまで高価だった花を可能な限り安く提供したので

予想以上の売上で新聞テレビなどマスコミにも注目されました。

 

そのおかげで早速翌年には自由が丘に二号店を出店する運びとなり

東急百貨店からもお声がかかり、

早い段階から出店ラッシュとなって

続々と店舗を増やしていったのです。

 

(5、会社の安定と発展)

その後、会社も創立15年くらいになり店舗数も60を数える頃には

資金繰りもようやく落ち着き、お金の苦労から解放されるようになりました。

 

これでやっと一安心と思ったのも束の間で

今度は人財の流失と求人難で人手不足に悩まされるようになりました。

従業員教育とお客様からのクレーム対応も私の仕事になりましたが、

経営は資金の確保と同じかそれ以上に人財確保が重要だとこの頃痛感しました。

 

ベテラン社員から新人アルバイトさんまで

毎日大勢の従業員と話をさせてもらっていると

みんなの希望や不満が必ずしも報酬や時間などの労働条件だけではない事が

ようやくわかりました。

 

 (6、企業は人なり)

現実問題としてある程度の給与や休みは不可欠ですが

それ以外にも夢や希望・やりがいとか安心感といった

メンタルの問題も働く人にとってはかなり大問題であることに気づいたのです。

 

給与は多いに越したことはありませんし

労働時間は短いほど魅力的かも知れません。

でもなかなか給与を大盤振る舞いするわけにもいかず

残業や休日出勤もお願いせざるを得ないのが現実です。

 

創業期のように数名の募集枠に100名以上が殺到した時代は終わり

これからは今いる従業員の定着率を上げて

新人スタッフには手厚いフォローをしなければ

人手不足で会社が回らなくなるおそれがあります。

私はなんとかメンタル面を充実させたいと考えました。

 

(7、二代目へのバトンタッチ)

そうこうして会社も創立20年近くなった頃に

私は社長と見ている世界が違ってきていることに気が付きました。

社長の補佐役はそろそろ自分には限界だと思い始めたのです。

 

幸い学生バイトから正社員になって

私の元で経理財務を担当していた従業員が非常に優秀だったので、

思い切って彼を二代目専務に推して、私は監査役に退きました。

 

私は社内環境の整備と接客指導に専念し、

お客様満足度と従業員満足度の両方をアップしたいと

微力ながらも試行錯誤で取り組んでみました。

 

でも会社の拡大戦略はますます勢いを増し

それとともに成果主義・個人能力主義が徹底されていく状況の中

私が目指す職場作りは

類まれな経営センスと卓越した行動力で

ここまで会社を発展させてきた社長の方針に

竿をさすのではという懸念に悩むようになりました。

 

会社が目指す方向やそのために選択した方法を一部でも修正しない限りは

私の目標を実現させることは難しいと判断し

志半ばでリタイアするという結論を出してしまったのです。

 

監査役に退いてから3年でセミリタイアし

その4年後には完全リアタイアしました。

 

 (8,実体験からの学びを元に)

かつては従業員の絶対的な安心材料として

終身雇用制と年功序列が日本的経営の最大の特徴でした。

またそれらの制度を前提とした家族的経営も

会社における人の和を保つための好環境になっていると考えられていました。

 

でも今はもう昭和の時代の遺物のように衰退の一途を辿っています。

これは時代の趨勢であり、

私とていまさら復活させるべきとは思いません。

仮にも経営に関与していた身であるからこそ、

今の企業が直面している現実問題を直視すれば、

終身雇用も年功序列も続けることは難しいですし、

家族的経営も昭和の時代の模倣では弊害が大きい事をよく理解しているからです。

 

ただあまりにも極端な個人能力主義とか成果第一主義には違和感を覚えます。

やはり協働を基本にして、

個人に的を絞り過ぎず

組織全体としての統一や発展を目指すべきではないかと思います。

 

(9,誰もが安心して働ける職場)

今の日本では

会社の大小・地位の上下にかかわらず

勤めている人の大半は勤務に不安を抱えていると言われています。

 

安心して働けるような職場とはどんな職場でしょうか?

 

それは

上下・左右の人間関係が信頼で結ばれている職場ではないでしょうか?

何より大事なのは

トップとその経営陣が信頼関係で結ばれ

部下を従業員を信頼し安心させなければなりません。

 

川の濁りを解消するには上流から始めなければ

いくら河口を清めても無意味です。

 

もっとも上流のトップは

常に孤独でその仕事は想像以上に過酷です。

そのトップの方に寄り添い

心の重荷を軽くするお手伝いをさせていただきながら

私が実体験で学んだ

働きやすく居心地がよく

みんなが持てる力を自発的に最大限に発揮してくれる

そんな職場づくりを提案させて頂きたいと思います。

 

実はとても簡単なやり方で目覚ましい効果が期待できます。

多くの事を変える必要はありません。

その秘訣は三つだけです。

 

是非、この新しい時代の日本的経営で

社長を中心に

厳しくても温かいビジネスモデルで

お客様はもとより、社長も従業員も幸せになって

より以上に事業を発展させて頂きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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